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第26-2話 生き方

Author: 百舌巌
last update Last Updated: 2025-03-30 10:04:05

「臓器を移植してやる代わりに帰依して言う事を聴けと、信者を増やしていったじゃないか」

 鹿目は大関の動向を部下に見張らせているらしい。元々はそれなりに勢力を誇っていたが、最近は家族ぐるみで信者の入信が激増しているのだそうだ。

『その見返りは十二分に答えているだろう?』

 もちろん、非公式にだが自分の支持者に移植を希望する者が居る時には便宜を図ったりもした。

「それに今回の事は君が部品では無く、生体を持って来たのが発端だと僕は考えているよ……」

 部品とは移植用臓器の事だ。そして生体とは生きている人間の事だ。

『生きの良い生体を望んだのは自分だろ? だから、そのまま密入国させてたのさ』

 宗教を隠れ蓑して密入国までやっている。

「冷凍物でも良かったんだがね」

 一般に移植用の臓器は取り出してから数時間の内に使われる物だ。そうしないと移植対象に定着しなくなってしまうからだ。

『苦労して持ち込んだ生体を逃がしたのは、お宅の部下だろ?』

 どこの組織にも良心に目覚める者がいるものだ。

「まあ生体を燃やし損ねたのは失態だったがね……」

 鹿目はようやく自分の落ち度を認めたようだ。

『一家全員を皆殺しにしておいてそれは無いだろう……』

 大関が笑いながら言っていた。

「ちゃんと事故として処理させたよ……」

 鹿目は薄笑いを浮かべていた。

『おまけに陰謀の匂いを嗅ぎ付けたライターも殺しているじゃないか……』

 金が動く処には群がるハイエナが寄って来るものだ。

「あのライターは金を掴ませて黙らせる予定だったのさ」

 鹿目が笑いながら話す、今までもこうして来たからだ。金になびかない者などいないし、そういう奴は信用できないのも知っている。

「酔っぱらって死んだのはこちらの落ち度じゃないね」

 これは本当だった。きっと生活がだらしない奴だったに違いない。

『……』

 大関は黙ってしまった。返事が無いのが了解の印と受け取ったのか、鹿目は電話を切ってしまった。

「ふむ……」

 鹿目は静かにため息をついた。このところ不手際が目立ち始めている。仕切り直しの必要性を感じ始めているのだ。

(そろそろ大関たちを排除するか……)

 使えなくなった駒は捨てる。これが鹿目の生き方だ。親しい友人など必要とはしていない。

 同じ時刻。鹿目邸付近の民家の屋根にクーカが居た。屋根の上で星を見上げるかのように寝転が
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     保安室が入居しているビル。 保安室は警備会社が入っているビルのワンフロアを借り受けていた。もちろん、偽装の為だった。 その屋上にクーカは居た。耳にはイヤフォンを装着している。連れていかれた時に盗聴器を設置して来たのだ。「……」 クーカは自分の境遇が話されているのを聞いていた。「バレちゃったか……」 クーカは猊下に見える車の列を見ながら呟いた。自分の正体が判明するのは、時間の問題だとは思っていたのだ。むしろ時間が掛かっているなと考えていたくらいだ。 クーカの家族にはある秘密が秘められていた。一族には臓器移植で発生する拒絶反応を促す因子が存在しないのだ。 望めば誰でも臓器移植の移植が可能という事になる。拒絶反応が起きないので安全なのだ。 鹿目が持っていると思われる臓器も目標の一つだ。あろう事か鹿目はDNAを解析して他の細胞に組み込もうとしている。それはクーカには耐えがたい物だった。 いずれは、この秘密もいずれはバレてしまうだろう。そうなると違う問題が出て来るが、それはそれで考えれば良い。(どちらにしろ私の家族を返してもらうわ……) クーカは改めて誓った。他に生きる目的が無いからだ。 一族の特性が何故か判明してしまい、クーカの両親は解体されて世界中の要人に移植されてしまったのだった。 ロス・セパスタの幹部を射殺しようとする時に、当の幹部に言われたのだ。最初は自分の事だとは分からなかったが、襲撃チームの担当官がその事に気が付いたのだった。 彼はクーカを庇って重傷を負ってしまい、本国で植物状態のままだと聞いている。見舞いに行きたいが軍にも諜報機関にも裏切り者とされてしまっている。 両親の行く末を知ったクーカは、自分の家族の為に生き抜く事にしたのだった。(私は私…… 他の者にはなれない……) 室内の話声が途絶えたので、自分の目的も分かってしまったのだろう。 その上で彼らがどう出るのかを考えなければならない。(これから、どうしようかな……) 先島の部屋への訪問がやりづらくなってしまったなとは思っている。憐みの目で見られるのが堪らなく嫌だったのだ。それだったら敵意の満ちた眼で見られる方がマシだとさえ考えている。 クーカが屋上でため息を付いているとヨハンセンが姿を現した。『で…… どうしますか?』 ヨハンセンが聞いて来た。彼はクーカ

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    「クーカは自分の両親を取り戻そうとしているんだ……」 先島が吐き捨てる様に言った。 人間の業の深さには慣れているつもりだったが、深淵にはまだ届いていないようだ。「……」 全員が黙ってしまった。彼女の過酷な運命を思いやっていたのだ。「そう言う事だったのか……」 室長は先進国の諜報機関が躍起になっている割に口が重い訳が解った気がした。自国の重要人物が移植を受けているせいなのだろう。 それは余りにも後ろめたい理由なので、クーカの抹殺を図り口封じを目論んでいるのだ。「普段、あれだけ喧しいラングレーの雀どもが、詳細を話すのを渋る訳だな……」 CIAの連絡員はクーカを見つけたら、手を出さずに連絡だけを寄越せと言ってきた。『QUCAが持っている技術は我々が仕込んだものだ。 彼女の占有権は我々の方にあるんだよ』 連絡員はそうしたり顔で言っていた。 過去に実行させた作戦の数々を暴露されるのを恐れているのもある。それ以上に臓器売買に関わっている節があるのだ。(奴らの非合法活動用の資金集めの為か……) 勿論、室長には従うつもりなど無かった。「しかし、復讐の為とは言え女の子が人を殺めるなんてなあ……」 宮田がまだブチブチ言っていた。先日、クーカに言い負かされたのに懲りない人だ。「男だろうが女だろうが引き金は気にしないよ」 先島がそう言うと室内に居た全員が苦笑いをしていた。それぞれ色々と思う所があるらしかった。「藤井。 CIAが行った最後の作戦の所を見せてくれ」 先島はクーカが関与したと思われる麻薬組織壊滅作戦概要を表示させた。 作戦対象はエバジュラム国のロス・セパスタ。当時は最大の勢力を誇っていた麻薬密売組織。 彼らは麻薬密売・人身売買・銃器取引・臓器売買など非合法な組織犯罪集団であった。米国への麻薬配給の主力と考えられていた。 結成したのはメキシコ人の元軍人でオシム・カルデナス・ガリェン。エバジュラム国の犯罪組織ブムーフ・カルテルの傭兵部隊として、特殊部隊の兵士を集めたことが起源だった。 結成当時、エバジュラム国内では犯罪カルテルは壮絶な縄張り争いを繰り広げていた。身の危険を感じたブムーフ・カルテル幹部は、自身のボディガードとして退役したメキシコ兵を高給で雇い入れたのだ。 元軍人を雇い入れたブムーフ・カルテルは勢力を伸ばしたが、途中でオ

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第31-1話 歪む横顔

     保安室。 室長が部屋に入って来た。「全員集まってくれ、クーカに関する新しい資料を手に入れた」 室長がCIAからクーカに関する資料を持ち帰って来た。どうやって手に入れたのかは謎だった。「資料によると彼女の本名は榊原美優菜(さかきばらみゆな)。 年齢は16歳。 学校には通った記録はない」 何時ぞやCIAが寄越した黒塗りの資料では無く、名前も全て表示されている資料だった。そこには家族構成も出身地も掛かれていたのだ。「ちょっと待ってください…… 日系人では無くて日本人なんですか?」 先島はクーカの本名を聞いた時に思わず口から出てしまっていた。そんな気はしていたが、てっきり中国人だと思い込んでいた。「はい。 彼女が幼い頃に両親と共に中米エバジュラムに出国しています」 藤井が話を引き継いだ。 エバジュラム国では陸軍が派閥化しており、無政府状態に近い国だ。外務省はレベル3の渡航中止勧告を指定している。目的であれ渡航は延期するように求めるものだ。「何故だ? あそこは独裁国家だろ?」 加山が聞いて来た。彼は米軍と合同演習をした際にエバジュラム国の隣国に行ったことがあるらしい。そこでジャングル戦の訓練をうけたのあそうだ。「国際農業事業団の招きで、一家は農業指導に向かったらしいです」 団体の詳細な報告書が載せられている。彼等はエバジュラム国の民間団体だ。 つまり国ではなく民間団体からの招きで向かったようだ。自国の食料自給をどうにかしたいと願った市民団体だと思われる。犯罪組織とのつながりは無さそうだった。 続いて画面には空港からと思われる地図が表示されていた。「しかし、榊原一家は空港からホテルに向かう途中で行方不明になってますね……」 次に表示された画像には空港の防犯カメラに移された一家が映っていた。両親と小さな女の子が一緒に映っている。 その女の子が幼い日のクーカだと推測された。「誘拐されたのか?」 中米や南米は治安が極端に悪い。僅かな小銭目的に誘拐事件などが頻発していた。 しかし、狙われるのは現地に工場などを進出させている企業幹部やその家族だ。「いいえ、大使館にも事業団にも身代金が請求された形跡はありません」 大使館からの事故事件の報告書が画面に表示された。そこには行方不明とだけ書かれていた。「強盗?」 手間のかかる誘拐では無く強

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第30-3話 月明かりの絵本

     夜中過ぎに雨が降って来た。その雨音でクーカは目を覚ましてしまった。(え? ここは何処だっけ………) そこまで考えた時に先島の部屋に来ていたのを思い出した。(しまった……) 目が覚めたクーカは素早く周りを見渡した。傍には誰も居ない。自分は一人でソファーで寝ていた所だった。 先島の方を見ると椅子にもたれ掛かったまま寝ている。傍には空の酒瓶が見える。酩酊したまま寝てしまったのを思い出した。 安心したクーカは雨を見詰めていた。(あの時も雨が降っていたな……) 幼い日。両親がいきなりクーカを起こしグズル自分を建物の外に追い出した。 訳も分からずにドアに縋ったが、室内からいきなり男の怒鳴り声と父親の怒鳴り声が聞こえ始めた。 怯えた彼女はゴミ箱の中に隠れてやり過ごした。しばらくするとぐったりとした両親が抱えられるように、車に運び込まれて行くのを見ていた。 やがて、雨が降って来てビニールシートの切れ端に包まりながら、小声で母の名を呼び続けていたのを覚えている。 翌日から見知らぬ異国での過酷な日々が始まった。面倒を見てくれる人も無く、ゴミ箱から腐った残飯を漁る日々。夜中に星の数を数えながら過ごした日々。言葉が分からず大人たちから怒鳴られ怯える日々。 餓えで死にそうになりフラフラしていたら、見知らぬ女に捕まって施設に放り込まれた。周りには似たような子供ばかりの所だった。 辛い事ばかりだったが、食料と粗末ながらも毛布があったのが有難かった。 愛想を振りまいても冷たくあしらわれるだけなので、何時しか表情が消えていったのもその頃だったと思う。 訓練は辛かったが雨に濡れないのだけは良かった。 優秀な成績を収める事が出来たクーカは、専門の軍事訓練所に入れられる事になった。良く分からない注射を受け続け、何年かすると戦場へと連れまわされるようになっていった。 初めて射撃した相手は少年兵だ。スコープの中に映った少年の目と視線が合ったような気がした。しかし、次の瞬間には彼の頭部の半分は吹き飛んでいった。 その時は何の感情も沸かなかった。そして、今も何も感じる事は無い。(何も無い…… 何も無い…… 私には何も無いんだ……) クーカは生まれた時から何も持ち合わせていなかったのだ。悔しいのは自分でもその事が分かっている事だった。(貴方は何を信じて毎日闘っているの

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘    酩酊する思い出

    「それは妻と娘だ……」 クーカは先島をちらりと伺った。「そういえば交通事故で死んだって言ってたわね……」 以前に先島の部屋に着た時に言われたことを思い出した。「ああ……」 先島の口から素っ気ない返事が返って来た。「俺の誕生祝をしようとケーキを買いに行ったんだそうだ」 先島は直接は知らなかった。後で警察で事故の詳細を言われたのだ。「ところが、携帯電話に気を取られたトラックに正面衝突されて…… それでお終いだ……」 先島は台所に行って酒とグラスを持って来た。「そう……」 クーカは大人しく話を聞いていた。「当時の俺は事件の張り込みをしていて、連絡が取れたのは翌々日だった」 写真を見ながら先島は当時を思い出すように話す。「妻のご両親には散々恨み言を言われたよ」 勿論、両親は先島の職業は知っている。知っているだけに怒りの持っていきようが無い感じだ。『君の仕事の事は理解しているつもりだ。 だが、家族を犠牲にしてまで、何を守っているというんだね?』 泣く事も出来ず唖然とする先島に妻の父親が尋ねて来た。先島は何も言い返せないでいた。「…… 何気ない一日の終わりに、お前の家族は居なくなりました…… そんな事を急に言われてもな……」 先島は手にしていたグラスに酒を注ぎ入れている。「俺には理解できなかった」 酒の力を借りないと眠れない日々が始まりだった。「そのトラックの運転手には逢ったの?」 クーカが尋ねた。「ああ、相手の住んで居るマンションに訊ねて行った」 最初の一口を飲み込んだ。「最初は気が付かなかったけど、俺の風貌を見て誰なのか分かったみたいだった」 先島は寝る時以外に酒は飲まない。実は苦手だったのだ。「そのまんまマンションの廊下に土下座して謝りはじめたんだ……」 酒を飲むというより流し込むと言う方が合っている気がするとクーカは思った。「俺は紋切り型の謝罪が聞きたい訳じゃない。 あの日に何があったかを聞きたっかったんだがな……」 謝罪されても被害者は帰って来ない。残された遺族を納得させることが出来るのは真実だけだ。「そしたらさ…… 運転手の幼い息子が部屋から出て来て、両手を広げて俺の前に立ちはだかるんだ……」 先島が両手を広げて見せた。手にしたグラスから酒が零れていった。「パパを虐めるなってね」 自分の家族を奪

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第30-1話 先島の家族写真

     先島の自宅。 先島が自宅に帰るとベランダの戸が開いていた。「……」 先島が部屋の中を見回すと、隅にクーカが居た。膝を抱えて座って居る。「ごめんなさい……」 クーカも言い過ぎたと分かっているのだろう。素直に謝って来た。足元を見るとスリッパをちゃんと履いていた。「宮田も済まなかったと言っていた。 許してやってくれ、世の中にはああいうタイプも必要なんだ」 先島は十人居たら十通りの答えが有っても良いと考える方だ。むしろ全員が同じ事を考えていたら、そちらの方が気持ち悪いと感じてしまうたちだ。「もう気にするな…… さて、今夜は何にしようか?」 先島は気持ちを切り替えようと夜のご飯の話を始めた。 誰のせいでも無いのに議論しても無駄だからだ。「お腹空いたーーっ」 クーカが先島の考えを見たかのように返事をした。「ん? ちょっと待ってろ……」 先島は空に近い冷蔵庫から野菜とコロッケを取り出して来た。作るのはコロッケ卵とじだ。「凄いーーっ」 クーカは目を丸くしていた。何も無いに等しい冷蔵庫の中身で先島は料理を作り出したのだ。「ん? どうした?」 出来上がった野菜炒めを皿に盛り付けていた。「ひょっとして料理は苦手なのか?」 そう話しながらフライパンを水洗いをする。料理を作りながら調理器具を片付けるのは常識だ。 しかし、クーカの生い立ちを知っている先島は質問を間違えたと思ってしまった。「したことがありまっせぇーーん」 クーカは人が料理する所まじまじと見たのは初めてだった。クーカのテンションが妙に上がっていた。「しかも、美味しいし!」 先島がよそ見をした隙に野菜を一欠けら口に運んでいた。先島はニコニコしながらコロッケの卵とじを作り始めた。 先島は魔法使いなのかも知れないとクーカは思ったのだった。 料理を食べ終えた二人はデザートのケーキを食べ始める。ひょっとしたらクーカが来るかもしれないと帰りがけに買って来たのだ。「甘いものを食べないと身体が燃料切れ起こしちゃうの……」 クーカが美味しそうに食後のケーキをぱくついていた。確かにクーカの身体能力は群を抜いて凄かった。 代謝機能がずば抜けているので、カロリー消費がもの凄いのだ。だから、カロリーバーなどを常に携帯している。「それで何時も甘い匂いがするのか……」 うっすらと甘い匂いを残し

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